句意は明瞭である
今も昔も 田植えの作業は 人手がかかる
機械化された現代農業であっても
田植え機に充填するための苗箱運びの作業があり
それは、6条植え以上の大型田植え機において かえって顕著であり
直播でもないと、1人では田植えはできない
江戸期にあっては 村総出の作業であり
人手は いくらあっても足りない
芭蕉が眺めていた田植えは
どうやら人手が足りず難渋していたところ
柳行季(やなぎ ゆきすえ)という仁が
もとは農民であったらしく 助っ人を買って出たものである
ただし、芭蕉らを送る途次であったため
田一枚分だけ手伝ったのである
それを見ていた芭蕉は 柳とともに その場を立ち去るにあたり
この句を詠んだのである