あの原発事故の際に、中国企業が無償で提供してくださったポンプ車
注水作業で最も実効性があったのが、このポンプ車
これで、日本が救われました。この恩を忘れてはなりません
ありがとう三一重工!
***
大災害があったときに、民間で最も頼りになるのが建設業界です
糸魚川大火の際には
消防ポンプ車への給水に、コンクリートミキサー車が大活躍しました
あの原発事故の際に、中国企業が無償で提供してくださったポンプ車
注水作業で最も実効性があったのが、このポンプ車
これで、日本が救われました。この恩を忘れてはなりません
ありがとう三一重工!
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大災害があったときに、民間で最も頼りになるのが建設業界です
糸魚川大火の際には
消防ポンプ車への給水に、コンクリートミキサー車が大活躍しました
防災ヘリの活動のひとつに、傷病者の緊急搬送があり、
「空飛ぶ救急車」とも呼ばれます。
この場合、医師は搭乗せず
航空隊員だけで、傷病者を観察しながら搬送のみを行うわけです
***
一方、業界用語というほどではないですが
ドクターヘリ。略称は「ドクヘリ」。
ドクターカーというのもあるけど、ドクカーとは言わないな・・・
ドクヘリには、運航側では操縦士と整備士、医療側では医師と看護師の計4名が搭乗
現場で医師が応急措置をし、搬送する
防災ヘリの「ドクヘリ的運用」とは、傷病者の迎えの際に、医師・看護師が同乗することです
EC135は、一般的なドクヘリの機種。防災ヘリとどう違うのか?
防災ヘリは中型ヘリ、ドクヘリは小型ヘリが採用されていて
BK117とEC135が一般的。
ギアなのはAW-A109ぐらいかな
で、テールを見てください。テールローターの代わりに換気扇みたいなものが付いています
フェネストロン®です
メインローターによるトルクを消すための装置ですね
BK117も、ドクヘリ仕様では、フェネストロンになっているようです
防災ヘリでも、AS365はフェネストロンタイプですね
BKは傷病者を搬送する際に、客室後部の観音開きのハッチを使用するため、
テールローターよりも、人間の動作に対して安全度の高いフェネストロンに換装しているのでしょうな
ヘリの後部は、極めて危険なので立ち入り禁止です
特に、テールロータータイプの場合、エンジンカット状態でも、近づいてはいけません
で、これがMD902
テールに何も無い!
というか、ノーターという装置により
トルクを打ち消しているそうです
前回で登場したヘリの降着装置は、全てギア(車輪)タイプでしたが
スキッドタイプのヘリもあります
むしろ、かつての防災ヘリの代表格、ベル412はスキッドタイプ
陸上自衛隊で使われている多用途ヘリコプター UH-1J「ハンター」も
つまりは、ベル412
鼻先がちょっと下がってるのが可愛いですね
車輪ではなく、橇のような形ですね
もうひとつの、防災ヘリの代表格の
BK117も、スキッドタイプ
横から見ると、オタマジャクシみたいですな
小柄ながらも万能タイプだけど、
パワー不足のため高標高の山岳救助には向かない
BKのKは、川崎重工業のKです
ちなみに、ベルには、スバル(富士重工業)がからんでいる
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ギアタイプの弱点は、
不整形地やぬかるみへの降着や駐機ができないこと
下手すると、転倒します
その点、スキッドは強い
東北を中心に各県防災ヘリに応援要請がありましたが
ヘリの集結地は、地盤が悪く、
総務省消防庁は、スキッドタイプを中心に要請したようです
この面からも
スキッドのベル412の優位性がうかがえます
石川県能登地方の皆様に お悔やみを申し上げます
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能登地方では、消防ヘリと防災ヘリが活動中です
で、どう違うか
指定都市の消防局が保有し、運用するのが消防ヘリ
群馬、埼玉、富山、岐阜、山梨、三重、兵庫、和歌山の
各県消防防災航空隊が活動しています
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業界では、浜松消防、岐阜防災と呼び分けています
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千葉消防の機体は、AS365ドーファン
群馬防災の機体は、AW139
山梨防災の機体は、シコルスキーS-76D
山梨の機体は、防災ヘリとしては、おそらく日本唯一
ぱっと見ると海上保安庁みたいです
一方、群馬の機体は、はやりの139です
国内の防災ヘリで、
ベル412を更新すると
139になってしまうパターンが連続していますな
「説話」という用語が、腑に落ちない
説話というのは、宗教がかった教訓物語のことではないか
この本での「説話」は、特定の意図をもった創作ということらしい
独自の用語だとすると、失敗しているなあ
この本を買うような面々からすれば、
冒頭に述べたように、この「説話」という用語には違和感がある
書名も、スキャンダラスな感じで、下品だしね
***
内容自体は、素晴らしい!
ボクが何十年も読んできた古代中国物語は何だったんだ!と思わせる。
特に春秋時代ですね。
伍子胥も怪しいようだ
少なくとも、春秋期の有名なエピソードは
諸子百家の皆様が
自分らの思想に箔をつけるため、
戦国後期から秦末漢初にかけての時代相を、春秋期以前に投影させた
作り話だったということのようです
(特に、孟子についてはボロクソに近い)
学会では周知のことのようなのですが
例えば、宮城谷正光のような人は、
こういったことを、どう受け止めているんだろう